自己の客観視

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「自己の客観視」

 

自己を客観視することは難しかろう。

たいていの人たちは、

本能の赴くままに生きているし、

それが主観のままに生きていることと、

同義だとも知らない。

しかし、自己を客観視できているということが、

霊的生活、霊的目覚めの始まりでもあるのだ。

「自分」だと思っているものが、

肉体的五官によって、

突き動かされている感情に過ぎないと知るのは、

哲学や宗教の始まりでもある。

外側から自分を観るという立場は、

守護霊的存在の目を意識するということでもある。

そしてそれは、

悟りの深まりによって、

神仏の目で自己を眺めているということにつながる。

かくして、

自己の客観視には、

宗教的心理を学ぶ必要が出てくるのだ。

信仰をもつ者を軽んじるべきではない。

霊的な自己が分からないということは、

「無知」であるということだ。

この霊的な目で、

この世の人々が自慢していることを眺めるがよい。

いずれあなたは、この世を去る存在だ。

すべてを捨てて、真なる心だけを持って、

あの世へと移行する。

その時、「照魔の鏡」で、

自分の肉体人生が映し出される。

「自己の客観視」が、死んでからできる人は、

やはり哀しい存在だ。

 

⭐大川隆法総裁 「心の指針 201」

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